2010-05-05 ムリカイ・2。 雑談 つづき。 『ゲームの理解』とは、『ゲームをすること』ではない。 『ゲームが世の中に存在することを認めること』 だ。 『自分はやらないから』とか『ゲームは悪いもの』という形で思考を停止させないで、『世の中にはゲームが存在している』ことをまず受け入れるべきだ。 例えは悪いが、『ゲームをする人』と『ゲームをしない人』は別々の宗教と考える。相手を認めないのは、『異教徒弾圧』と同じ事だ。排斥するだけでは進歩が無い。 ファミコンが社会的に普及してからまだたった30年。一世代分しか経っていない。 つづく。