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源氏名必須化社会。

あまり良いイメージはない「源氏名」は、現代社会において普通に必要になってきているのではないか?と考えている。

コンビニや飲食店に行くと、店員の胸にはたいてい「店員の名前」が書いてある。これ店舗としての誠意の表れで、何かあった時に名前があることで対応しやすくするためだ。決して自分から名乗ることはないが、自分の名前を常に公開している。また、レシートなどにも「担当」として名前が印刷されたりしている。
コールセンターなどに電話をかけたときもそうだ。オペレータは自分の名前を名乗る。コンビニなどとは違い、顔が見えないだけに積極的に名乗る必要があり、応対する相手に安心感を与える効果もある。
タクシーはもちろん、バスも運転手の名前は判るようになっているし、美容院や英会話教室は担当を指名して行うことも決して珍しくはない。
この様にあらゆる場所で「顧客満足度の向上」を目的として、働く人たちは自らの名前を人前にさらしている。そしてそれが場合によってはストーカー問題など、犯罪に使われてしまうということも残念ながら決してない訳ではない。

犯罪という点では、積極的に非公開にしているケースもある。

昔の学生は名前入りの体操着やジャージを着て、ランドセルには名前が書いてあるのが普通だった。だが、今はそれを禁止している学校はかなり多い。犯罪に巻き込まれやすくなるからだ。

昨今、保育園や幼稚園では園外活動時には「子供を名前で呼ばない」そうだ。「ぼく」とか「おにいちゃん」「おねえちゃん」なんて呼んでいるらしい。その理由は子供の判断力が低く、名前を呼ばれた相手を信用してしまう可能性が高いためだとか。人前で名前が判ることを警戒しているのだ。


今の世の中は、名乗らなくても良いなら名乗る必要がないのが正しいのだろう。だが、サービスという点では、名乗らないというワケには行かないのも事実だが、自分の本名を名乗らなくてもサービスを維持できるハズだ。

そう考えたとき、いわゆる「源氏名」が使えるという事になる。

既婚女性で仕事のときと実際とで苗字が違うという事もあるし、それで仕事に影響があるということはもちろんない訳で。そういう意味では、仕事の名前と本名を分離する時代が来ているのかもしれない。

それが、時代として本当にいいことなのかどうかは定かではないけれども。