読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

みた、こと。きいた、こと。

合言葉はSite Seeing

無根拠な自信。

先週の話。後輩とミーティングに出かけた時の話。
道路を横切る小さな子供がいた。明らかに不釣り合いな大きさのトラベルケースを引っ張りながら。
もちろん、その少し後ろを母親と思われる女性が見守るように歩いていたので、それ自体はおかしな光景でもなく。
その時、私は思ってこう後輩に話し掛けてしまった。

「子供ってさ。三歳とか五歳位のさ。いや、もう少し上でも一緒かも知れないけど、子供ってさ。なんであんなに自信に満ち溢れているんだろうね。絶対に根拠なんかないじゃん。不思議だよね」
後輩はあー、そうですねと同意してくれながらこう答えた。
「根拠なんか無いからですよね。単純に嬉しいだけですよ」
そうだよね。嬉しいんだよね。
大人は。いや、まず自分は。
いつからそう感じなくなってしまったんだろう。自分の行動に、自信と打算との駆け引きを挟むように。
大人は"嬉しい"が、行動そのものではなく、その先に向いてしまっているんだろう。それはお金とか物とも限らない。
「誰かに喜んでもらいたい」と思うことも、無償の愛とか言われても、既に見返りを期待していることになる。だから、相手が喜ばなかったり、誉めてもらえないとがっかりしたり、不満に変わる。変わらないのは聖職者とか悟りを開いた人だけだ。
自分の行動に根拠が無い、とは言えない。行動をしなかったとしても、それもまた行動であり、何かしら理由がある。時間だったり、自分の力量だったり。それは根拠といえる。
大人の方がつまらないよね。そういう所は。