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合言葉はSite Seeing

ガチャガチャの値段。

今、スマホ用にストラップを探している。
だけど適当なものが無くて困っている。家電量販店のスマホアクセサリー売り場は、iPhoneのカバーで半分、残りは他の機種のカバーで埋まっていて、ストラップみたいな共通アクセサリーは以前の1/5にも満たない。充電器売り場より小さいぐらいで、本当におまけ的に残っているだけの状態だ。
そんな中、ふと目に入った『ガチャガチャ』には比較的ストラップが多い事に気が付いた。なるほど。こういう所で生き残っていたのか、と。

おっと。私が子供の頃は、『ガチャガチャ』と呼んでいたが、今は『ガチャポン』と呼ぶのかな?たしか。
で、そこにたむろする親子連れのジャマにならない様に、いやむしろ怪しまれないように。ここしばらくは毎週の様に通って遠巻きに見ている。
まぁ、まだ一度もやってないんだけど。気に入ったものが見つからなくて。

で。

そんな感じでウロウロしていた時の事。
子供がお父さんに泣きついていた。『やらせてくれ!』と。『一回でいいから!』と。
立場がいろいろと違えば、いろいろと誤解してしまいそうな言葉だけど、これは親子のお父さんと男の子のお話。勘違いしないように。

そう。これは比較的よくある光景である。

お小遣いもままならないまだ小学校にも上がっていないような子供の場合は、今のガチャポンの値段は高すぎる。親にすがってでもやらせてもらうしかないのだ。

そして、そのなんとか頼み込んだ1回で何が出るか。完全にギャンブルだが、悲喜交々なドラマが生まれる事もある。

思い返せば私が子供の頃は、20円が普通だった。たまに10円のものもあったし、高級版は50円だった。100円というのはまずなかった。もちろん、今よりカプセルは小さいし、入っていたものも消しゴムとかそんなものばかりだった。

でも、今は200円が普通。高いものは400円だったりする。500円のもあったかな。入っているものも彩色済みのフィギュアとか、日常でも使えるような立派なものまである。

そんな高いものを、おいそれと何回もする事なんて出来ない。子供はもちろん、親だって気軽に「いくらでもいいぞ」とは言えないだろう。


そして。

そして、この時の頼み込んだ男の子は「1回だけ」という約束で、何かのガチャポンを回す事に成功していた。

回していたそれが何だったのかは、遠巻きに見ていた自分にはよく判らなかったが、彼にとってとてもうれしいものが何か出たらしい。

『やっっっっった!よしっ!やっっったぁーーーーー!!!』

周りに少し気を使ってはいて、声は大声ではなかったが、離れている私にまで聞こえるぐらいの喜びの声を上げ、ガッツポーズをとっていた。

彼にお金を渡したお父さんも、なにやら嬉しそうにしていた。


さっき、高いと言った。200円も高すぎる、と。

でも、私が子供の頃は、自分の小遣いの中でやっていたが、親にこうやって頼み込んで目の前でガチャガチャを回すなんてことはしなかった。駄菓子屋に子供たちで集まって、子供たちだけでやっていた。


親が子供の。自分の子供の喜ぶ姿を、こういう形ででも見れるのなら。
これは『親にとっては決して高いものではない』のかも知れない。